第四章 ~団結した力~ (1)




 翌朝早く、おばさんと佳子が孝夫の家にやってきた。
 父母と孝夫の五人は柿の大樹の下で、今日の仕事の打ち合わせのために集まった。
 「おじさん、青年団に話したけど、まとまりませんでした。駄目でした」
 佳子が悔しそうに目に涙をためて言った。
 すると、孝夫がきりっとした顔で「駄目ということじゃなかタイね」と、言って彼女を見た。
 その顔が男らしく輝くように彼女の眼に映った。
 彼女は彼を見つめた。
 昨夜の正義感に溢れた男らしい孝夫の姿が焼きつくように彼女の胸に残っていた。
 ハッとすると、それが鮮やかに蘇っていた。
 彼女はみるみる顔が火照りはじめ、真っ赤に染まってしまった。
 慌てて手拭で顔を隠すような仕草をしたが、却ってそれがぎごちなく見えた。
 母とおばさんが顔を見合せてにんまり笑った。
 彼女が初めて見せた恋にゆらめく炎の心をのぞかせた姿態ではなかったろうか。
 孝夫はその時、父の方を見ていて知る由もなかった。
 「原野を知ってるだろう? お父さん」
 「うん、教えてやる。ちょっと、みんな、ここまで出てみろ」
 父は柿の大樹から離れて石垣まで歩くと、谷の上を指さしていた。
 そこには、朝霧に薄く包まれた野岳の巨岩が浮き上がるように黒く突き出て見えていた。
 「あの野岳の横に牛の背のごと弓なりになっとるじゃろが、あそこタイ」
 「あすこは、山田京子さんとこの真上タイね」
 「うんうん、そぎゃんタイ」
 「どこの所有か、知らんとじゃろう?」
 「知らんが役場に行けばすぐ分かる」
 「よし来た! 役場に行って来る。村長さんにも話したいことがあるから」


 村役場で調べてもらうと、上川部落の牧山さんが地主とわかった。
 村長室に入っていき、青年団での話をすると、村長は「好きなようにしてみろ。何かあれば、そんときはそんときたい」と、目をつぶる真似をした。
 父がその日に牧山さんに当たると
 「昔は畑にしたこともあったが、遠方でもあり、今は人手が不足でどうにもならないから、五年ぐらいなら無償でよかですバイ」と、却って喜んで貸してくれたと言う。
 もう六月に入りかけているので、芋植え付けの適期が過ぎてしまう恐れがある。
 ぐずぐずしてはおられなかった。
 岳には父と孝夫と佳子が登り、母とおばさんは田の草取りに残ることになった。
 佳子は、手提げを持ち、手洗い水とお茶の入った水筒を襷にかけ、そのうえ唐鍬(とうが)を担いだ勇ましい格好で南川内道と佳子の家に行く角に孝夫親子を待ち受けていた。
 山田京子の石垣から藪だらけの獣道を、男が切り開き、佳子がそれをひと塊りに(くび)って、出来た道脇に置き、一時間ばかりしてやっと原野に辿り着いた。
 原野は、昔の畑が長い間放置されて、茅の草原とまばらな雑木林に変わったもので、三方を雑木林に囲まれた二町歩―六千坪―以上の広々としたものであった。
 「うわぁ! 広か!」
 孝夫と佳子が大きな声で叫んだ。
 「どうだい、広かじゃろ」
 父は手拭で、胡麻塩頭と顔の汗を拭き、二人の喜ぶ姿を満足そうに見て笑った。
 「さあ、ここはお前たちが思う存分開墾して芋ば作ってよかタイ。わしは木炭(すみ)ば作る。樫の木が多かろ、これは高く売れるケン、わしも楽しみタイ」
 「よかった! 佳ちゃん! ほんなコテよかったバイ!」
 「うわぁ、ほんなコテ! ドギャン、ヨン二ュ出来るじゃろか! 兄ちゃん」
 佳子の方が方言丸出しである。
 佳子が言うように本当にどんなにヨン二ュたくさん、芋が出来るだろうか。
 この草原を見るだけで、嬉しさが込み上げてくる。
 「うちのことばっかし、考え事していたけど、もっと心の太うなった。兄ちゃんが言うように、部落の人にどんどん食べてもらいましょうよ」
 佳子は大見栄を切って、愛用の白鉢巻をきりっと締め直した。
 「ハハハハハハ」
 男たちはそれを見て大口を開けて笑いだした。
 草原の端から、雉が驚いてバタバタと羽ばたき、ケーンと一声、鋭く鳴いて野岳の巨岩の上の空へ、滑るようにスーッと消えていった。
 「うわぁ! きれい!」
 紅色と褐色で羽毛が染め分けられた大きな翼の滑空は、空を隈どり鮮明であった。
 「ちょっと待てよ。山の神に祈ろう」
 父が小瓶に入れた酒と塩の入った紙袋を手提げから取り出した。
 父はおもむろに、新聞紙を八つ折りにたたみ、その上に塩を乗せ何やら呪文を唱えて、パッと塩を周りに振り、酒の栓を取って同じようにして八方に振り撒いた。
 そして、手提げから杯を取り出し、水筒の水で洗い、酒を注ぎ一口飲んで、それを孝夫に渡して飲ませ、また、佳子にも渡して飲ませた。
 「どうぞ山の神様、怪我をしないように守り給え、芋が沢山取れますように、木炭が沢山取れますようにお願い奉ります」 父は口に出して合掌した。
 二人は慌てて父の真似して手を合わせ祈念した。
 何か厳かな雰囲気になり、引き締まった気持で開墾に臨む覚悟が自然に湧いてきた。
 「わしは炭焼きの準備に取り掛かるケン、あっ、そうそう、忘れるところじゃった。母さんがナ、ヒラクチ(ヒラクチというのは毒蛇のこと)のおるかもしれんケン、棒でよく払えと、言いよらしたぞ。よかな」
 「うん、わかった」
 「佳ちゃん、その辺ば払ってみんね」
 「OK」
 「そうじゃなか。もっと下ば払わんば、そうそう。幸代が乳飲み子のときサ、母さんがヒラクチにかまれて毒の回って、どうにかこうにか助からしたモンの、幸代は乳ば飲ませられんじゃったゲナバイ」
 「おそろしかね、うん、わかった。絶対追っ払うケン」
 「よし! 掛かろう!」
 佳子が茅のある雑草を棒で払い、鎌で切り開く。その後から孝夫が唐鍬や鍬で掘り起こす。
 ずいぶん昔の畑なのだろうに、やはりそれなりに掘りやすいように思われた。
 この調子なら一町なんぞ、すぐ終わるさ。そう思うと芋を積み上げた山が、途方もなく高く目に浮かんでくる。

 鎌で切り開くのは早いから、ずいぶん先まで進んでいるなあと思っていたら、姿が見えなくなっていた。
 彼女は孝夫が掘った後の畑を平らにして、その上に柔らかい茅を乗せ、昼食用の場所をこしらえて座っていた。
 「おじさん! お茶ですよ」
 「兄ちゃんも、どうぞ」
 佳子はおばさん気取りで甲斐甲斐しくお椀を三つ並べ、お茶を水稲から入れ分けていた。
 父は手提げをぶら下げてきてカンコロ握りを新聞紙の上に広げた。
 「さぁ、佳子さん、腹、減ったろう、食べんサイ」父はいつも佳子を一番先に勧める。
 「はい」
 父はこの返事が気に入っている。この返事が、その人の素直さなどの人柄が表れて、こっちまで、いい気持ちにさせられると、時々言う。
 「芋の(つる)が大分いるぞ!」
 孝夫がカンコロ握りにかぶりつきながら言った。
 「沢山、いるでしようね」
 「予想しとった以上に広かケンね」
 「京子さんや絹子さんにも蔓のいることを伝えときます」
 父は炭焼き窯と道具小屋などを考えいるらしくぶつぶつ言いながら見まわしている。
 雑木林の奥から、鶯の鳴く声が何回も聞こえていた。
 昼食後しばらく横になっていた父が「さあ、やるか」と、立ち上がったのを合図に、仕事に取り掛かった。
 こうして、遠く、長崎の三菱造船所から、かすかに聞こえる終業のサイレンの音に、草原から立ち上がり帰り仕度にかかった。
 「今日一日で、四〇坪ぐらいはやり遂げたよ」と、孝夫は佳子と話し合った。
 しかし、よく考えみると、芋植え付けの適期はそう長くない。
 梅雨が上がり、太陽が照りつけ始めると、挿した蔓が根づかないで枯れることがあるからだ。
 開墾だけならいいが、蔓を挿す時間がかかる。十日間のうち二日は必要。
 十日間で芋畑になるのは三〇〇坪、二十日で六〇〇坪がやっとだ。この広い草原の十分の一しか出来ないことになる。
 孝夫は内心、到底六千坪全部に芋を植えるのは無理だと思った。


 四日目になった。昨日は雨で登れず、実際は三日目である。
 雨は止んでいたが、濃霧が山を包み、岳の巨岩は深い霧の中に沈んでいた。
 いつも佳子が待っている角で、絹子も来てくれていたし、山田京子の角の石垣には、中川さんと京子それに川島まで待ち受けていた。
 「どうもありがとうございます」
 孝夫はそれぞれに丁寧に挨拶をした。
 嬉しかった。
 この前の会合が思わず頭に浮かび出て、手を握りたい気持ちさえした。
 二、三歩先の人の姿もおぼろながら芋蔓をそれぞれ持っているのがわかる。
 「芋蔓を挿しましよう! 挿しているうちに晴れて来ると思います!」
 お互いがよく見えないので、海軍の号令練習のような声で孝夫が吠えた。
 中川さんは元陸軍の伍長だったので「小隊長殿に敬礼!」と、大声を出し不動の姿勢で敬礼をして京子たちを笑わせた。
 女たちは男が作った峰に蔓を挿していく。
 そうして働いているうちに風に霧が吹き払われ広々とした草原が姿を現してきた。
 中川さんが腰を伸ばしたときに、まず驚きの声を出した。
 「ホーこりゃ、広かぞ! こんな山の中に」
 みんなが立ち上がり、広い草原に目を見張った。
 家がすぐここの下なのに、山田京子までびっくりした顔であった。
 蔓挿しが終わると開墾である。
 昼食も大勢で食べるので楽しかった。
 「あの会合のときには、参ったよ。溺れる者を助けろかハハハハハハ。誰でもあれには文句は言えんもんな。園山さんがはじめてぺちゃんこだハハハハハハ。こうなったら乗り掛かった舟だ。出来るだけ応援するように声を掛けとくよ」
 「中川さんありがとう! 村長さんが目をつぶる真似をしてくれました」
 「そうか、よかった、うん、そうじゃろ」
 それを聞いていた女たちや川島が「やった!」と、声を挙げた。
 草原を見る眼が輝いて来るのがはっきりわかった。長崎のサイレンを孝夫は聞き落とすところだった。
 佳子が、ばらばらに働いているそばまで行って「さあ、もう今日は終わりよ」と、伝えていた。
 彼女の鉢巻きの白い布が草原の緑に、蝶のようにひらひらと舞い、止まったところで笑い声が起こっていた。
 孝夫と中川さんとで一間(一、八m)の棒を作り、測ってみると、二三〇坪になっていた。
 父がやってきて
 「うまかもんは一人で喰え、仕事はヨン二ュでせろタイ」と、笑った。
 佳子の提案は、団員の奉仕の応援もあり、梅雨が去り、熱い太陽がじりじり照りつけ始めたとき、四千坪の薩摩芋畑として広々と出来上がっていたのである。



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