第五章 ~あんな時代はもう来ない~ (1)
柿の大樹は、柔らかみを失いかけた葉に、黄色み始めた太った実をのぞかせ、秋の陽の影を、家と庭に大きく落としている。
稲の穂が孕み、間もなく稲刈りのときが迫っていた。
しかし、まだ少し日があるので、父の曖昧な話では不審が募るばかりなので、芋の様子を見るために、みんなで登ることになった。
母もおばさんも遠足気分で弁当だけをぶら下げている。
澄み切った空に、高く飛ぶトンビの弧を描く姿と野岳の巨岩とが、秋の風景画になりそうだと孝夫は思った。
「わあ! こりゃ広か芋畑!」
「ホラネ、広かろが」
「お前の言うたことは、ほんとじゃった!」
いよいよ、試し掘りである。
母が炭焼き小屋から鍬と鎌を持ってきた。芋の蔓を切り,葉ごと横に引いて鍬を入れた。
四人が緊張した面持ちで、鍬の先を見守っている。
鍬を引き起こす。
「おお、こりゃ太か!」
歓声が上がった。茎につながった肥えた芋がごろごろ出てきたのだ。
「もう、掘ってよか!」
試し掘りどころではなくなった。
「持って帰れるだけ掘ろう!」
「ホラ、ちょうどよかころの太さになっとろ。お前たちに早う言うと、すぐ掘りたがるケン、誤魔化すとに、オオジョ(苦労)したバイ、ハハハハハハ」と、笑い、「どんどん、掘れ! 掘れ!」と、父がけしかけた。
みんなが、わあわあ言いながら小屋から道具を持ってきて掘り始めた。
「もう、このくらいにしとくか……」
母が言った時には、カガリに二荷は掘り出していた。
みんなが笑いの止まらぬ顔をして、その芋を見詰めていた。
社宅の島村さんの姿が浮かんだ。
芋窯を作って貯蔵しよう。
干してカンコロを作るぞ!
孝夫や佳子の胸は膨らむ一方だ。
帰りの谷の道で、薩摩芋の入ったカガリを担いだおばさんが“リンゴの唄”を歌い始めた。
赤いリンゴに、唇寄せて
だまって見ている 青い空
リンゴはなんにも いわないけれど
リンゴの気持ちは よく分かる
リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ
おばさんは本当に楽しそうに担いだオウコ(横棒)に添えた手の先で、調子を取り歌いながら歩いていた。
十二月の籾すり屋の来た夜は賑わった。去年と同じように佳子が踊り、女たちが手拍子を打ち、父が太鼓を打ち鳴らした。
籾すり屋が来て、田の仕事は終わった。
いよいよ、孝夫と佳子が薩摩芋掘りに掛かる時がきた。
父も農閑期を迎えて、炭焼きを始める時なのだ。
四千坪とは、一町三千坪、それに三段(一段=三百坪の三倍)+百坪。
一坪が約九、一八平方メートルだから三六七二平方メートル。凄い広さだ。一人や二人の力では、どうにもならない広さである。
「佳ちゃん、こりゃ早く皆に頼まんばどうにもならんバイ」
「うん、山田京子さんに話ばしとるよ」
「おれも中川さんに来てもろて、団員に話してもらうごとするよ」
「いよいよ始まりネ!」
京子さんの庭ば、貸してもろて、あすこまで下せばあとは何とかなるじゃろ」
「そうね、京子さんのうちからリヤカーやら、荷馬車に乗せて孝夫さんちに運べば、うちがみんなに言うて、始末ばするケン」
「家での仕事は佳ちゃんに任せるバイ。そのままじゃ腐るケンナ」
「うん、うちの母さんやおばさんの加勢のあれば何とかなるさ」