第一章 ~虚脱から若者へ~ (7)




 長崎のJ女学校はピカ・ドンに近かったことから焼け、灰になっていた。
 佳子はこの女学校の三年の一学期で、休学していることになっている。
 年の暮の中ごろから、佳子は毎日せっせと勉強に来るのに、おばさんがはたと来なくなった。
 「おばさんは?」
 「うん、ババさんが風邪ひいたのよ」
 「大丈夫かな、年だからね」
 「ううん、ババさんは強いから」佳子は自信ありげにノートから目を離して孝夫にほほ笑んだ。


 昭和二十一年の正月を迎えた
 日本は悲惨な戦争が終わったばかりで、どこから復興すればよいのか手の付け様もないという有様で、国民の一人一人はただ右往左往しているばかりであった。
 外地といわれる日本以外のアジア圏から引揚げて来る者、無事に生きて帰ってきた復員兵などにはしかし、焦土と化した故郷の日本のどこにも彼らの安住の地はなかったのだ。
 闇市が横行し、そこで青年たちは安焼酎をあおって練り歩き寝転がっていた。

 次郎柿は、そんな荒れた世相を、葉もない実もない寒空だけの見える素肌の、高い梢から眺めながら、小さいときから傍にいて成長を楽しみしてきた孝夫がどうにかそんな荒れた世に巻き込まれもせずに清々しく生きている姿を静かに見下ろしていた。

 孝夫は二十一の青年になっていた。



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