第五章 ~あんな時代はもう来ない~ (3)
永い年月が流れ去った。
もう、あれから六十年も過ぎている。
孝夫は今住んでいる阿蘇から久しぶりに故郷に帰ってきた。
駅前からまっすぐ伸びた橋を渡りながら見下ろすと、昔あった、川底の飛び石が流れの中に見えた。ぴょんぴょんと渡ったことがひどく懐かしく思われた。
あれは戦後すぐだった。俺は、南川内の道から駆け上がって行ったことを鮮明に覚えている。
昔と同じように、蝉しぐれの柿の大樹は、濃録の葉の茂みの中に大きくなりかけた実を見え隠れさせ、孝夫を迎えてくれた。
孝夫は腕を伸ばし広げて抱きついた。
「いま帰ったよ……」と、言ううちに、目が霞み、涙があふれ落ちて頬を伝わった。
柿の滑るような肌触りを感じながらゆっくりゆっくり撫で続けていた。